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東京高等裁判所 昭和51年(ネ)2348号 判決

控訴人・附帯被控訴人

佐原春吉

右訴訟代理人

秋田経蔵

被控訴人・附帯控訴人

有限会社万安楼

右代表者

鈴木曻

右訴訟代理人

梶谷剛

外二名

参加人

伊藤豊一

主文

本件控訴を棄却する。

参加人の請求をいずれも棄却する。

被控訴人・附帯控訴人の附帯控訴に基づき、原判決を左のとおり変更する。

控訴人・附帯被控訴人は被控訴人・附帯控訴人に対し、原判決別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地(本判決別紙図面斜線部分)を明け渡せ。

訴訟費用中参加によつて生じた分は参加人の、その余は第一、二審を通じすべて控訴人・附帯被控訴人の負担とする。

事実《省略》

理由

一本件建物が控訴人の所有に属していたこと、本件土地(本判決別紙図面―省略―斜線部分)上に本件建物が存在することは三当事者間に争いがない。

二〈証拠〉によれば、昭和八年一月頃鈴木保善株式会社(代表者鈴木仙吉、控訴人がいう二代目仙吉、以下同じ。)が、その所有の本件土地を控訴人の先代儀一に対し期間の定めなく賃貸したこと、儀一は昭和三八年一二月死亡し、その相続人が参加人主張のとおりであり、相続人の一人栄吉が昭和四六年一二月死亡し、その相続人が参加人主張のとおりであること、被控訴人が昭和四四年八月二一日鈴木保善株式会社を吸収合併し、本件土地の賃貸人である地位を承継したことがそれぞれ認められ〈る。〉

三被控訴人は、昭和二八年七月一日以降分の本件土地賃料が不払になつている旨主張するので、以下この点について判断する。

(一)  控訴人は本件土地の賃料は取り立てることになつていた旨主張し、〈証拠〉中には右主張にそう部分があるが、〈証拠〉に対比し措信し難く、〈証拠〉には、儀一の滞納賃料の徴収に出向くべきところ病気で行けないから届けてほしい旨の記載があるが、〈証拠〉中、鈴木保善株式会社はその賃貸土地を清水に管理させていたところ、同人は賃借人に賃料を持参払いさせていたが、支払が遅れる等のことがあつたときは催促に行つて取り立てていた旨の供述部分に対比すると、いまだ右記載から取立の特約があつたものと認めることはできず、他に右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

(二)  控訴人は、仙吉は昭和二八年七月一日以降分の本件土地賃料の受領を拒絶し、控訴人において昭和四四年一月二七日に昭和二八年七月一日から同四四年一月末日までの本件土地賃料を仙吉を被供託者として弁済供託し、その後も毎月供託を続けている旨主張し、仙吉の受領拒絶を鈴木保善株式会社ないし被控訴人の受領拒絶と、また、仙吉に対する供託が鈴木保善株式会社ないし被控訴人に対する供託と解しうるとしても、〈証拠〉中儀一ないし控訴人において賃料を提供したが、その受領を拒絶された旨の部分は、〈証拠〉に照らし措信し難く、他に儀一ないしその相続人において鈴木保善株式会社ないし被控訴人に対し昭和二八年七月一日以降分の本件土地賃料について弁済の提供をし、その受領を拒絶されたことを認めるに足りる証拠はなく、したがつて、右甲第四号証及び弁論の全趣旨により右供託の事実を認めることができるものの、右供託は不適法のものというべく、儀一の相続人らは右賃料債務を免れることはできない。

以上の次第であるから、儀一、その死亡後はその相続人らにおいて昭和二八年七月一日以降分の本件土地賃料の支払につき債務不履行をしているものというべきである。

四〈証拠〉によれば、被控訴人は、昭和二八年七月一日以降分の本件土地賃料の不払を理由として昭和四六年六月五日控訴人到達の内容証明郵便により本件土地賃貸借契約解除の意思表示をしたことが認められ、さらに右同様の理由により本件土地賃貸借契約を解除する旨の記載のある被控訴人作成、控訴代理人及び参加人受領の昭和五三年一二月八日付準備書面が控訴代理人、参加人出頭の同日の当審口頭弁論期日において陳述されて、被控訴代理人により本件土地賃貸借契約解除の意思表示がなされたことは本件記録に徴し明らかである。

もつとも、右いずれの契約解除の意思表示についても催告があつたことの被控訴人の主張、立証はないが、この点につき被控訴人は、控訴人の長期にわたる賃料の不払は賃貸借契約の継続を困難ならしめる不信行為にあたり、このような不信行為がある場合には催告を要せず賃貸借契約を解除することができる旨主張するところ、〈証拠〉によれば、

(一)  本件土地の賃料は月払いの約定であり、昭和二八年当時の賃料は月坪あたり二〇円であつたところ、前記のとおり同年七月一日以降分の本件土地賃料は債務不履行となつていること、なお、〈証拠〉中の昭和二八年当時右賃料を月坪あたり五〇円に増額する旨の話が出ていた旨の部分は、〈証拠〉に対比し措信し難く、他に右当時右賃料を月坪あたり五〇円に増額する旨の話が出ていたことを認めるに足りる証拠はない。

(二)  前記のとおり控訴人は昭和四四年一月二七日に至り昭和二八年七月一日から同四四年一月末までの本件土地賃料を弁済供託し、翌二八日仙吉に対し、供託金の領収をしてほしい、儀一存命中から懸案となつていた本件土地賃料の適正な増額の交渉に応ずる用意がある旨を記載した内容証明郵便を発送したこと

(三)  しかし、控訴人は、その後自らは被控訴人と交渉せず、専ら参加人に被控訴人と交渉させ、昭和四五年一一月に至り、本件土地賃借権を参加人に譲渡することを承諾してほしい、なお、賃料増額の件も併せ話し合いたいから近日中に赴く旨記載した内容証明郵便を仙吉宛発送したが、依然として被控訴人との交渉を参加人に任せたまま自らはその後他に転居してしまつたこと

(四)  昭和四六年五月二四日控訴人は被控訴人を相手方として墨田簡易裁判所に借地権譲渡承諾請求の調停を申し立て、被控訴人側、控訴人、それに参加人も出頭して話合いが行なわれたが、被控訴人としては、それ以前からの参加人との交渉において参加人の態度が高圧的に思え、その主張する賃料額も周辺の土地の賃料に比し低額であつたため賃借権譲渡について承諾する意思はなく、前記のとおりの控訴人の長期にわたる賃料不払から、調停継続中ではあつたが前記のとおり昭和四六年六月五日本件土地賃貸借契約解除の意思表示をするに至つたこと、

以上の事実が認められ、〈証拠〉中右認定にそわない部分は前顕証拠に対比し措信し難く、他に右認定を左右するに足りる証拠はなく、右事実に前記認定の諸事実を併せ考えれば、控訴人の行為は本件土地賃貸借契約の継続を著しく困難ならしめる不信行為というべきであるから、被控訴人は、催告を要しないで本件土地賃貸借契約を解除しうるものと解すべきである。なお、右点につき控訴人は、仙吉が儀一に対し昭和二八年一月頃から懸案となつている賃料増額問題が解決するまで賃料の支払を待つて貰いたい旨申し入れ、儀一がこれを受け入れ、控訴人は儀一の意思を受け継いだ旨主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

参加人は、被控訴人は控訴人と本件土地賃貸借につき交渉を続行中に突如昭和四六年六月五日本件土地賃貸借契約解除の意思表示をしたもので、右は看過し難い背信行為であることはもちろん信義則を濫用して賃借権を侵害する不法行為であり右解除は無効であると主張するが、前記事実関係のもとにおいては右主張どおりに解する余地はないというべきである。

五ところで、儀一死亡により本件土地賃借権はその相続人らに相続されたものであるところ(〈証拠〉中には昭和二五年頃控訴人が本件土地賃借権を取得した旨の部分があるが、〈証拠〉に照らし措信し難く、他に後記遺産分割までに控訴人が本件土地賃借権を単独で取得したことを認めるに足りる証拠はない。)、前記のとおり被控訴人の昭和四六年六月五日の本件土地賃貸借契約解除の意思表示は控訴人に対してのみなされているが、賃借人が複数である場合にはそのいずれに対しても契約解除の意思表示をなすべきであつて、控訴人に対してのみした契約解除の意思表示によつては本件土地賃貸借契約を有効に解除しえないものというべきである。この点につき被控訴人は、控訴人以外の他の儀一の相続人の賃借権は時効によつて消滅した旨主張するが、〈証拠〉によれば、控訴人は昭和二五年頃儀一より本件土地を借り受け(転借)本件土地上に本件建物を所有していたものであり、儀一の死亡により控訴人以外の儀一の他の相続人らは儀一の右地位を相続承継して本件土地の賃借権者、控訴人に対する転貸人として控訴人に本件土地を使用させていることが認められるから、右賃借権が時効によつて消滅するいわれはなく、また、本件では特段の事情があるから控訴人に対してした契約解除も有効である旨主張するが、被控訴人が特段の事情があるとして主張する事実中控訴人以外の他の儀一の相続人らは本件土地の占有をしていないとの点については前記認定の事実から右相続人らは本件土地を間接占有しているといえ、そして、その余の事実はかりにこれがあるとしてもいまだ控訴人に対してのみなした契約解除を有効たらしめる特段の事情ということはできず、さらに儀一の相続人らが昭和五三年七月一九日調停により遺産分割をし、控訴人において本件土地賃借権を単独で取得し、その効果は儀一の死亡時に遡るから結局控訴人に対してのみした契約解除も有効である旨主張するが、右主張のような遺産分割がなされ、その効果が相続開始時に遡るとしても無効の解除が有効なものとなるいわれはなく、被控訴人の主張はいずれも採用することができない。

しかしながら、前記のとおり被控訴人は、さらに当審における昭和五三年一二月八日の口頭弁論期日において控訴人に対し本件土地賃貸借契約解除の意思表示をしているところ、右時点においては、後記のとおり前記遺産分割により本件土地賃借権は控訴人にのみ属しているのであつて、前述来認定判断したところによれば、右契約解除の意思表示により、本件土地賃貸借契約は昭和五三年一二月八日有効に解除されたものというべく、控訴人は被控訴人に対し、原状回復義務の履行として本件建物を収去して本件土地を明け渡すべきものである(本件建物、本件土地賃借権が参加人に移転していないことについては次項に述べる。)。

六参加人の請求についての判断

参加人は本件建物及び本件土地賃借権を取得した旨主張する。〈証拠〉によれば、控訴人は、昭和四七年二月一六日本件建物及び本件土地賃借権を対価五〇万円で参加人に譲渡する契約を締結したことが認められ、また〈証拠〉によれば、儀一の相続人孝夫は昭和四七年六月三〇日その相続分を対価二〇〇万円で参加人に譲渡する契約を締結したことが認められるのであるが、しかし〈証拠〉によれば、昭和五三年七月一九日東京家庭裁判所の調停において控訴人のほか儀一の遺産につき相続権を有する者及び右契約により孝夫の相続分を取得した参加人ら間で遺産分割協議がととのい、控訴人が本件建物及び本件土地賃借権を単独にて取得し(反面参加人は本件建物及び本件土地賃借権を取得しなかつたことになる。)、控訴人は、孝夫の参加人に対する相続分譲渡を実現するため本件土地賃借権譲渡について被控訴人の承諾ないしこれに代わる裁判所の許可をうることを条件として本件建物及び本件土地賃借権を参加人に無償で譲渡する旨定め、参加人もこれを承諾したことが認められ、この認定に反する証拠はない。そうすると、控訴人と参加人との間の前記本件建物及び本件土地賃借権の譲渡の契約は、右調停成立に伴い本件土地賃借権の譲渡につき被控訴人の承諾もしくは裁判所の許可をうることを条件として譲渡する約に改められたものというほかない。そして右被控訴人の承諾もしくは裁判所の許可があつたことを認めるに足りる証拠はないから、参加人はいまだ本件建物も本件土地賃借権も取得していないものというべきであつて、この点に関する被控訴人の主張は理由がある。なお、参加人は、参加人が本件土地賃借権に対する転借権を有することの確認を求めるというところ、その理由が明らかでないが、参加人が転借権を取得したとしても、転貸借につき鈴木保善株式会社ないし被控訴人の承諾があつた旨の主張、立証がない。したがつて、参加人の請求はいずれも理由がない。

以上の次第であつて、本件控訴は理由がないからこれを棄却し、被控訴人の附帯控訴は理由があるから、原判決を変更し、参加人の参加請求をいずれも失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九四条、九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(小林信次 鈴木弘 河本誠之)

別紙図面〈省略〉

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